第9章 1944年、クレモーナの遠い想い出

 彼はビリーと呼ばれていた。誰もが認める変人だが非常にかしこかった。400メートル障害の選手であり、ファシスト大会でも、何をしたのかは知らないが賞を取ったことがあるらしい。そして片目にチックを持っていた。
ある日曜の朝、彼が4階のバルコニーからぶら下がっているのを見た。手摺りにしがみついた彼は、真下の歩道から怯えて見ている母親に向かって「2リラくれなかったら飛び降りるぞー!」と叫んでいた。その後『2リラ』はすぐに与えられた。
 数年後、たぶん1943年の末頃、私はビリーとクレモーナのアーケード前で立ち話をしていた。このアーケードは王政が残した歓迎されざる贈り物の一つだ。それを作った建築家は他にもたくさん仕事をしており、それらの建物はクレモーナがイタリアで最も美しい田舎町であり続ける可能性をなくしてしまった。
 当時はアーケードを支える4本の円柱の内1本が曲がっていると言われていた。冗談好きな者は声を低くして「今の時代にこの円柱の曲がりなんてまだましな方さ」とか「円柱は曲がってるけど、建築家はファシズムに真っ直ぐだ」などとささやいたものだ。
 話をアーケード前の私とビリーに戻そう。チックを持つ彼の目は、私が何か言う度にウインクしているように見えた。両手をポケットに突っ込み、円柱にもたれて時々それに肩をぶつけている。まるで人目を忍んで円柱の曲がりを直してでもいるように。彼はまだ最後の勝利(※ファシズムの)を信じていた。私はそんなことを考えもしなかった。ただただ芝居がしたかった。そしてビリーに9月8日以前に風刺劇の台本を1つ書いたこと、しかし今となっては内容を書き替えなくてはならないだろうことを話した。ビリーはむっとして、何かが変わったと思っているのかと私に聞いた。台本のことだと思っていた私は「ノー」と答える。するとビリーは、一旦何かを信じたら最後の最後まで信じ続けなくてはいけないと言った。私は自分の台本を信じなくてはいけないのか、それとも彼の言う他のことなのか、分からなくなっていた。
 2年後、ジェノヴァからバーリへ向かうトラックの荷台で、劇団の道具に埋もれたトランクの中に隠れている時、ビリーは信じるのをやめる。20年経ったから言えるが、あのトランクは私のものだった。ビリーは私が命を救ったと言い、私はもし人の命がこんな簡単に救えるものなら、どうして救わずにいられようかと考えたものだ。しかし私は物語を書いているのか、自己批判をしているのか?

 もう1度円柱に肩をぶつけたビリーは、私が一月以内に劇の準備をしたらオペラ劇場『ポンキエッリ』を使えると言った。私は投資家グループと劇団サクラソウの役者と歌手とオーケストラの指揮者と衣裳係を準備する約束をした。
投資家グループは葬儀屋の若社長、農協の役員、私のいとこで構成された。劇団サクラソウは演劇を愛する市民の集まりで、歌い、奏で、芝居をする。オーケストラの指揮者は、旅する物乞いのためにアコーディオンを作る工場の社長であり、衣裳係は私の母親だった。

「何か用か?」、数分前から私とビリーの間に割り込み、話を聞いていた半ズボンの少年にビリーが尋ねた。
「俺も劇団に入れてくれよ。」少年が答える。
「何ができるんだ?」
「プロンプターでもいいよ。」。そう言った半ズボンの少年は、何らかの希望を与えるまでその場を動こうとしなかった。
「俺ジーノっていうんだ。」最後にこう締めくくった。
2年後、ミラノのメディオラヌム劇場の前で、長ズボンをはいたジーノと再開することになる。
「こんなところで何してるんだ?」私は彼に言う。
「俺も劇団に入りたいんだ。」
「何ができるんだ?」
「プロンプターでもいいよ。」
 その時すでに私はプロの役者で、全国レベルのデビューも近く、その準備をしているところだった。リハーサルは数日前から始まっている。全体稽古の時、ジーノは私の楽屋にダマスコ織りの緑の絨毯を敷き詰め、天井の真ん中にクリスタルのシャンデリアをぶら下げた。エレオノーラ・ドゥーゼの控え室のようだった。
 場所を変えて書く価値があるほど恐ろしいできだった初日の夜、第1幕と第2幕の間にジーノの両親が楽屋を尋ねてきた。おざなりに私の芝居を誉めている間中、彼らの視線がダマスコ織りとシャンデリアへ注がれているのに気が付いた。私はその素晴らしさに魅了されているのかと思っていた。とんだ間違い。シルクのダマスコ織りとシャンデリアは彼らが持つ家の一室を飾っていたものだった。焼夷弾が窓から飛び込んで床を焼いたため、当時そこには誰も住んでなかった。ジーノは壁から織物をひっぺがし、天井からシャンデリアを外して、私の楽屋を飾ったのだ。しかし、誓って言うが、銀器について私は何も知らない。見たこともない。
 この夜ジーノの両親の中に生まれた、演劇に対する当然の反感は、ジーノが劇団の地方公演を追いかけることを決めた時には、憎しみとなって固まった。駅に向かう市電の中でジーノの父親は空しい最後の試みを続け、汚れた芸人の世界を諦めるよう説得した。しかし、ジーノは電車が停車場に止った瞬間を利用して飛び降り、呪われた魂のごとく、駅に向かって走りだした。後ろを追いかける父親は、彼を止めるために叫んだ「どろぼー!!」。すぐに2人の歩行者がジーノに飛びかかり、殴り始めた。追い付いた父親は喘ぎながら子供を守ろうとした。「やめてください。私の子供なんです!」。行動を止められた2人は殆ど自動的に今度は父親を殴った。そしてジーノはその間を利用して駅に向かって走り去った。

 半ズボンをはいたジーノはまだそこにいる。私とビルの間で辛抱強く意地を張り、じっと立っている。「プロンプターでいいからやらせてくれよ。」と言い続ける。
 「わかったよ。好きなようにしろ。」。
ビルは私の腕を取り、劇の収益は『祖国(※この場合はファシスト政府)』の武器のために捧げると言った。
一月後、アーケードの円柱にポスターが張られる。

ウーゴ・トニャッツィ劇団
バカンスの雲
2幕の風刺劇
原作  ウーゴ・トニャッツィ
主演  ウーゴ・トニャッツィ
演出  ウーゴ・トニャッツィ
主題歌 ウーゴ・トニャッツィ
衣裳  アルバ・トニャッツィ
プロンプター     ジーノ

 緞帳、カーテン、衣裳は棺桶を包んだ布の払い下げで、全てが紫か黒か白だった。提供したのは我がスポンサー葬儀屋の社長。初日の夜、ポンキエッリ劇場が満員になった。ビルはロベルト・ファリナッチ(※クレモーナ地区を統括していた、ファシスト党の重要人物)と共に舞台横の特別席に座り、燕尾服を着たジーノはプロンプターボックスに入っていた。

劇は全員のコーラスでフィナーレを迎える。

サクラソー
私達はサクラソー
劇の最後に歌いましょー
空に浮かぶたくさんの雲に向かって
陽気な劇に見えたかしら
楽しんでもらえれば私達は満足
心からありがとー
でももし喝采が受けられないなら
なんて残念なことでしょー
サクラソー
私達はサクラソー
幸せのひけつ
 そこで私は軍に捕まる危険を犯した。「ばかなことはやめてー」と歌いながら、ファリナッチのいる桟敷を手で指したような気がする。誓って言うがわざとやった訳じゃない。その夜の収益で『祖国』は武器を買えることにもなっていたし。
 結局興行は64,000リラの赤字に終わった。当時の貨幣価値で換算してみると、イタリア社会共和国から機関銃4丁減らす貢献をしたことになる。
 劇に関するこの遠い想い出は、アマトリーチェ風ブカティーニを呼び起こす。このパスタ料理を私は『愛国者風ブカティーニ』とも呼んでいる。なぜなら当時風刺劇の最後に喝采をもぎ取るため、主演女優が射撃隊の帽子を被り、3色旗を身体に巻き付けて舞台に出た、その姿に出来上がりが似ているからである。たぶんあなたもこの料理をテーブルに運ぶ時、バックミュージックに行進曲を流すと喝采を受けられるだろう。


愛国者風ブカティーニ

材料(6人分)
燻製ベーコン 150グラム
生ハム 50グラム
大きめの玉葱 1個
オイル 100cc
バター 75グラム 辛口の白ワイン コップ1杯
湯剥きトマト 500グラム
パセリ 1枝
赤とうがらし 半分
にんにく 1個
パルメザンチーズ 100グラム
ペコリーノチーズ 50グラム
ブカティーニ 500グラム

フライパンにオイルの半分とバター25グラムを入れて、火にかける。潰したにんにくを加え、色付いたらすぐに取り除く。燻製ベーコンをさいころに(常識に従いここでは『さいころ』と書いたが、たとえば私は細い『マッチ棒』に切る)生ハムを短冊に切る。
フライパンにまずベーコン、続いて生ハムを入れ、ほとんどカリカリになるまで炒める。
あっ!赤とうがらしを忘れていた。
別の鍋に残りのオイルとバター25グラムを入れ、薄く切った(要するにみじん切りではない)玉葱を炒める。玉葱が狐色になったら、コップ1杯のワインを注ぎ、ワインが全部蒸発したら、湯剥きトマトを加える。
木のしゃもじでゆっくりとかき混ぜる。トマトは完全にぐしゃぐしゃにならない方がいい。10〜12分間煮て、フライパンの中身を鍋に加える。もしあなたがすぐに舞い上がらない、落ち着いた精神の持ち主だったら、ブカティーニをアルデンテに茹で上げる間に、このソースを作ることもできる。大きなスープ皿に茹で上がったブカティーニを入れ、まずバター25グラムで和え、次にレードル1杯分を除いたソースを絡める。
そうする内にも、パセリを細かく刻み、パルメザンチーズとペコリーノチーズをすりおろして混ぜ合わせる。バターとソースで調味したパスタにチーズの半分を加えて良く混ぜる。
手元には、チーズの半分と刻んだパセリと、レードル1杯のソースが残っているはず。もしそれらの色を良く見たなら、あなたの頭にはすでに出来上がりイメージが描かれているに違いない。
まずパセリをつかみ、湯気の立つスープ皿の淵に添って帯状に振り掛ける。次にチーズでその内側に、だいたい同じ幅の帯を作る。そして真ん中に真っ赤なソースを注ぐ。さぁ、出来上がりは如何に?3色旗が最高にうまいブカティーニを隠している。ファンファーレをバックに食卓へ運ぼう。曲は『射撃隊のマーチ』をお勧めする。



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