第7章 1942年、スイカとスイカ

 何処に住んでいるのか聞かれる度に私は「北極館」と答えた。4回建てで入り口が3つあり、大きな中庭を持つ建物は、本当にこう名付けられていたのだ。しかしほとんどの人達はそれを『鉄道員の家』と呼んだ。なぜなら大部分の住人は国鉄で働く窯焚き、機関手、制動手、車掌とその家族だったから。そしてこの事実は私の居心地を少し悪くした。父は保険代理業をしていた。
 捕虜になったある下士官の、たいそう美人な女房が北極館に引っ越して来たらしい。私が始めての休暇(私は海軍のラ・スペーツィア司令部でタイピストをしていた)で帰った時に、操縦手の息子ジュペがそう言った。私はまだその大美人を見てなかったが、16号室に住んでいることは知っていた。
2階にあった我が家のテラスから、いつものようにトッリオーネで遊ぶ子供達を私は見ていた。トッリオーネは擦り切れた古いレンガの筋が走る小さな土塁で、占領の試みを物語る弾丸の穴がたくさん開いていた。その上にはいちじくの木が1本あり、それに登ると子供達は私の家を覗くことができた。私はついにそのいちじくから自分の家を眺めることができなかった。2回におよぶ木からの墜落、母親の平手打ち、子供達の嘲笑が私に屈服を余儀なくさせた。
 8月、2度目の休暇を3日間もらった。とても暑い日、私はまたテラスにいた。誰かに見られることを考えて、真白い水兵服を着たままだった。真夏の太陽を白く照り返す砂利道をなんとなく見下ろし、砂漠のように影一つないトッリオーネに目を移した。
 トッリオーネと館にはさまれた狭い空間に、次々と現れる黒い影はジュッペやベッペ、ジャンニの父親で、そそくさと北極館の16号室、18号室、20号室へ消えていく。駅までは数百メートルしか離れておらず、自転車に乗る必要さえなかった。彼らは国鉄の制服に身を包み、煙で黒くなり石炭の粉が光るひさしの付いた帽子を被り、大事な黒パンの余りを入れた、黒くて四角い布の鞄を下げていた。
 真夏の暑さはクレモーナを包み込んでパダーナの谷に横たわり、そこから一歩も動こうとしない。その日はパダーナらしい伝統的な猛暑が襲い、涼しさは闇の中にだけあった。古い居酒屋のような闇。それはドアも窓も閉めきって日除けを下ろし太陽を遮断して保たれる。ワイン樽の臭いがする涼しさ。
 「お母さんはいらっしゃる?」、道路の方から声がした。顔を突き出して見ると、壁に添ってリズミカルに歩く彼女がいた。16号室の下宿人、ジュッペの話した大美人。彼女はたしかにブスではなかった。しかし私には身体も顔も全てが真ん丸に見えた。
 母が顔を出し「上がってらっしゃいよ。息子を紹介するから。」と答えた。彼女はゆっくりと上がってきた。
「こんにちわ」
「こんなに暑い日は始めてだ」
「休暇で長くいらっしゃるの?」
「ああ喉が乾いた!」
「飲めば飲むほど喉が乾くわ」
「旨いスイカを食べるに限るよ」
「ウーゴ、買ってらっしゃいよ」
「喜んで。ママ、自転車どこ?よかったら荷台に乗っていきませんか・・・?」

 砂利道を走る自転車のタイヤは、心配になるくらいひしゃげていた。真ん丸い女性の重さで、バランスをとって走るのも難しかった。しかしどうしてもスイカが欲しい。
 「チャオ、青二才!」、ミラノ通りで鶏を売る母親の店先にいた若者に、私は喚いた。荷台に女性を乗せて走る姿を見せつけてやるために。
 クレモーナのスイカはサッカー・ボールくらい大きくて丸い。濃い緑色をしている。指で弾いてボンゴのような音がすると旨い証拠であり、中は労働者の旗みたいに真っ赤なはずだ。ナイフを入れるとキュッと音をたてて割れる。私は後ろに乗せている女性についても同じことを考えていた。
 真っ赤な唇に真白い歯。ゆっくりと広がる微笑みはすでにある種の『約束』だった。私がちゃんと知っているところを指で弾くとボンゴのように鳴るだろう。間違いなく『キュッ』と音をたてそうな雰囲気を持っている。淫らな空想に耽り、汗だくで息を切らせつつもペダルを踏み続けた。スイカのような彼女の身体に欲求をこすりつけながら。
 畑の中でスイカを売る小屋に着くまで一言も話さなかった。帰り道でもただ荒い息だけを、汗で光り石鹸の臭いがする彼女の首に吐きかけていた。母親に買ったスイカをハンドルの上に置き、私のスイカは荷台に乗っている。2つとも真ん丸だが、2つの異なる乾きをいやす。
 トッリオーネと家を隔てる最後のカーブを曲がり、自転車を倒れるにまかせて北極館の20号室に駆け込んだ。台所のテーブルにスイカを置くと「ずいぶん早かったわねぇ。」と母の声がした。そして幸運にも煙草に火を点けるためのマッチがない。「マッチなら家にあるわよ。」すかさず彼女が言った。しばらくご無沙汰していたスイカを腹いっぱい食べるために、16号室まで彼女と走った。

 「今度の休暇はついてるぞ。」などと考えながら壁際を猫のように歩き、20号室へもどる時にはすでに暗くなっていた。闇の中でトッリオーネといちじくの木はさらに黒い染みのように見えた。緊張感の漂う静けさの中、音をたてないよう靴を手に持ち、階段を2段ずつ上がっていった。
 家のドアは半分開いており、真っ暗な台所で母が泣いていた。手付かずのスイカが母の前にあった。


スイカのマチェドニア(※イタリア風フルーツポンチ)

 唯一健康的なスイカの食べ方は、切り分け、顔をビシャビシャにしながらかぶりつくことだ。この方法は肌にも良いと思われる。
しかし伝統的なスイカの食べ方の1つとして、マチェドニアがある。それを紹介しよう。
家にあるフルーツの残り物を小さく切る(半分だけ残った林檎、へこんだオレンジ、見捨てられた洋ナシなど、2週間前からそこにあり、誰も食べようとしないものが何処の家庭にもあるはずだ)。
皮と種を除き、さいころに切ったスイカをフルーツに加える。言うまでもなくプラムとパイナップルも。これらは好みによって加えるが、ほとんど義務と言っていい。まだ終わった訳じゃない。マラスキーノ酒をカップ1〜2杯、マチェドニアが丁度良い香りを出すくらい。
もし作品を芸術的に仕上げたいなら、小皿に盛り分けた後に、スプレー式の生クリームで飾り付ける。しかしスプレーをその辺に置き忘れないよう気を付けること。私の息子がやるように、あなたの子供もそれをピストルに見立てて遊ぶかもしれない。

材料
各種フルーツ 約1キロ
スイカ 1〜2切れ
白ワイン カップ1杯
プラム 3個
レモン汁 2個分
マラスキーノ酒 カップ1〜2杯
砂糖 大匙2杯
生クリーム



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