第4章 1936年、7皿の給料

 全てのばあさんは似たようなミネストラ(※イタリア風野菜スープ)を作る。「うちのばあさんが作るのと同じだ!」と、みんな言う。オレンジ色のミネストラ、小さな目玉が浮かんでる(小さな玉になって浮かぶ脂肪)。この小目玉は、料理的振り付けを一生懸命踊っているダンサーのようだ。米の入ったミネストラでは、しばしば米粒が油の輪に収まり、パセリの緑が周りを漂う。
 十分脂っこいけど脂っこ過ぎないミネストラ。暗い台所の、テーブルクロスを敷いてない細長いテーブルの上で、白い皿に注がれる。たくさんの白い皿。私の祖母には6人の娘、息子が一人、旦那が一人に店の若いもんが一人いた。娘達は毎晩ミネストラが注がれるまで、台所のテーブルで布の人形を作っていた。
 私はこの人形の顔を完璧に描くことができた。目の回りの陰影、ハート形の口、鼻の上のそばかす。当時はそんなものを描くことが少し恥ずかしくもあった。しかし今となっては、誰も私に描いてくれとは頼まない。
 テーブルで、店の若いもんの席は決まっていた。彼は特殊な『若いもん』、50歳かそれ以上の歳だった。店の『若いもん』達は、出世しないかぎり一生『若いもん』と呼ばれる。そして『若いもん』のまま死んでいった。特に、薪と炭を売る店の若いもんの場合は。
 祖父の薪と炭を売る店の若いもんは、客にとって年齢不詳だった。黒い粉が顔を覆っており、皺を完全に隠していた。彼の目の色を当てるのも難しかった。なぜならいつも下を向いていたから。石炭がいっぱい詰まった篭をしょって歩くので、何時も足の置き場に注意する必要があった。彼の身体はS字形になっていた。
 地面を見つめた、もじゃもじゃ頭の人間S字は、毎晩祖母のところへミネストラを食べに来た。それが彼の収入の全てだった。あとは獲得するチップだけ。台所に入りながら彼がモゴモゴ言っていたのは、はたして「こんばんわ」だったのか、それとも呪いの言葉か、それは誰にも分からない。彼の給料を皿に注ぐ祖母をなんとなく見ているような。しかし多分、一生『若いもん』で終わることを自覚する自分自身を見ていたのだろう。彼のモゴモゴには誰も返事をしなかった。祖母はミネストラで手がふさがっており、娘達は人形の話に忙しく、息子は居たためしがない。祖父はすでに食事を済ましており、私は注意深く状況を眺めていた。彼は立っている時と同じS字のままでテーブルに着く。背が少し低くなるだけだ。そしてテーブルに置かれたオレンジ色のミネストラから20センチの位置に黒い顔を据える。ぼんやりと皿を見つめ、手にはスプーンを握り、食べながらリズムを取ってすすり上げる。いつも同じ、単調なすすり上げ。たぶん、熱いミネストラで口を火傷しないためと、顔の回りを漂う湯気を吸い込み、味わうためにすすり上げる必要があったのだろう。
 そして急に静寂が訪れ、祖母は1杯目のミネストラがなくなったことを悟る。祖母は彼の顔に滴が飛ばないよう少しずつ注ぎ、小目玉が踊るオレンジ色のミネストラでもう1度皿を満たす。
 8皿、10皿、11皿とすすり上げる。いつも同じ、調子の付いたリズムで。顔は汗でテカテカと光り、黒いしずくが皿の中に滴る。ミネストラはどんどん黒っぽくなり、顔はどんどんきれいになる。ミネストラ、石炭、汗、全てが彼の腹に消えていく・・・。つと立ち上がる。その時、やっときれいに洗われた彼の顔に、諦めの影を湛えた2つの青い目と50年間の歳月を見た。『若いもん』でい続けるには余りにも長い歳月。
もう1度、モゴモゴと『呪い/挨拶』を呟き、ミネストラで洗われた、きれいな顔で帰っていった。


祖母のミネストラ

材料
パンチェッタ(※塩漬豚肉) 500グラム
パセリ 1束
にんにく 2かけら
ローズマリー 半枝
以上全部をメッツァルーナ(※半月形の包丁)で細かくたたく。

オイル
プロヴォローネ(※チーズ)叉はパルメザンチーズ

 フード・カッターを持っている人は、みんなそれを使いたがるだろう。しかし、フード・カッターとメッツァルーナの間には違いがある。家庭電化製品は、ぐちゃぐちゃになった流動食をあなたに与え、メッツァルーナを辛抱強く使うと違う種類のペーストができる。炒め終わった時に、その結果は明かとなる。
 炒めたペーストに保存トマト(※旬のトマトを家庭で煮て瓶に詰めた保存用。叉は、缶詰、瓶詰めで売っているもの)を加える。祖母の時代の保存トマトは、黒に近い色と強い味を持っていた。現在では味も見てくれも優しく、そのため当時のミネストラが持っていた強くて深い味を出すのは難しい。とにかく、炒めたペーストが暗赤色になるまで、多めに保存トマトを加える(後で水を注ぐと、オレンジ色になる)。祖母はそこに小さく切ったじゃがいも2〜3個分と、2リットルの水を加えていた。じゃがいもが良く煮えるまで待つこと。祖母はお玉にじゃがいもを集めて、フォークで潰していた。あなたも潰してみよう。昔のミネストラを作るには、昔の方法で調理すべきだ。そうするとミネストラは、失われたあの味を取り戻す。
 祖母は最後に、パスタか米を加えていた。オイルを少々入れていたかどうか、良く覚えていない。でも入れないと小目玉がちゃんとできないはずだ。祖母は仕上げに、貧乏人のチーズだったプロヴォローネをすりおろして振り掛けた。現在でもプロヴォローネを試してみることを、お勧めする。プロヴォローネの刺激がミネストラの味をより強くする。それが好きじゃない人には、パルメザンチーズを。
 このミネストラを毎晩作れとは言わない。でも、時には台所で時間を忘れ、楽しんでみよう。たぶん嘆かずに費やせる唯一の時間だろう。



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