第13章 1970年、1人前80万リラ?大したことないさ

 「あなたには教えるけど、知らない振りしててね。もう少ししたら、私達ストに突入するの!」アイライナーを私の目に近付けながら、メーク係がささやいた。
 そこはトリノの、あるテレビ局の控え室だった。
 「誰がストするって?」私は振り返らず、鏡の中で動く彼女を見ながら尋ねる。
 「私達メーク係よ。ローマからわざわざ来て、仕事にならないあなたにはお気の毒だけど。」人の良さそうな、太った女性は微笑んだ。太る前はさぞ美人だったろう。私は鏡に写った彼女を見つめ、そして自分の姿に目を移した。この鏡は少し痩せて見えるようだ。

 10年前ミラノで、これと同じような鏡に写っていた私の姿はもっと痩せていた。ヴィアネッロ(※有名な喜劇俳優)と一緒に「ウン、ドゥエ、トゥレ(※テレビ番組)」をやっていた時。
 ヴィアネッロと私は並んでソファーに座っていた。メーク係が私にファウンデーションを塗り、ヴィアネッロの頭には黒い鉛筆で、少しでも髪を多く見せるために線を引いている間に、私達は台詞のやり取りを練習していた。
 「この台詞はリハーサルでは言わないでおいて、本番でびっくりさせてやろう。」私がヴィアネッロに言うと、メーク係は共犯者の微笑みを浮かべながら「その内に追い出されちゃうかもね!」と言った。こうして私達は、当時のイタリア大統領グロンキに一杯食わせた。

 「でもストがあるんだったら、何で僕にメークしてるの?」マスカラを持った手を空中で止めて私は聞いた。
 「でもあなた、本当はまだそれを知らないことになっているんだから!」メーク係が答える。
 「しかし残念だなあ。今日は実に顔の調子がいいのに」私は付け加えた。
 「そうねぇ。画面でどんなに良く見えることでしょう」メーク係が言う。
 「どうすると思う・・・?このままでいるよ。今晩パーティーに招待されてるんだ。きれいな女性がいっぱいいるはずだ。みんな僕を一段とハンサムに思うだろう」。
 「本当に!そのままでいなさいよ。どうせ化粧だとは分からないから」。
 その時、スピーカーから声が響いた。
 「メーク係と役者のみなさん、緊急のお知らせがあるので第1スタジオへ集まって下さい」。
 「ほらきた。」言いながらメーク係は走りだした。しかしドアのところで止り、振り返って申し訳なさそうに付け加える。
 「今日はあなたがいるから、私達ストをすることに決めたの。大事な出演者がいる時にやらないと、何も獲得できないもの。分かってもらえるかしら?」。そして走り去った。
 私は自分がストの決行を左右するほど重要だということに満足した。しかし番組が流れるのは本当に残念だった。なぜならその日は、何百万という視聴者の前で、初めて料理を作ることになっていた。2皿のクリスマス料理。
 私も第1スタジオへ向かうことにする。番組の準備は全て整っていた。しかし私が入るのと入れ違いに、カメラマンが出ていった。彼らはメーク係と共闘していた。騒めくスタジオの中でそびえ立つテレビカメラは、乗り手をなくした騎馬のように見えた。子供達が、がやがやと騒がしく階段席を下り、羊の群れさながら、モケットを張った小屋に向かって行く。番組の司会者ウンベルト・オルシーニが両腕を広げながら私に言った「この全てが、メーク係を1人増やそうとしないからなんですよ」。
 スタジオの奥には3つのキッチンにガス台、冷蔵庫、フライパン、食器そして様々な食材が用意されていた。ベテラン指揮者ジョヴァンニ・ダンツィが自ら作ったゴルゴンゾーラのパテを、放心状態で見つめている。しかし1番途方にくれていたのは、イタリアで最も有名なシェフの一人ベルジェーレだった。鍋の中には、すでにほとんど煮上がった去勢鶏もある。彼はベシャメルの鍋を持ったまま、数歩前に出て言った「それじゃどうしよう?鰻作るのやめようか?」。オルシーニが答える「いや、もうちょっと待ってみましょう。もし悶着が収まったら番組はやりますから。そうなると料理の用意はできてないといけません。あなたは鰻を切ってオーブンへ入れといて下さい。その間に私は管理部へ行って、どうなったか見てきますから」。
 私は自分の鍋を眺めた。1つでは玉葱を炒め終わり、もう1つはトマトソースが煮詰まってきている。火を弱くしようか、それとも消すべきか?
 オルシーニが戻ってきた。
 「全然だめだ!局は譲歩しません。メーク係を1人雇う代わりに、番組を諦らめました」。
 「料理はどうなるの?」私が聞いた。
 「私達が食べましょう。テーブルは整ってる。ここに残る人は局のお客様だ」。
 10人ほどが残った。私はパスタを湯に放り込み、リゾットをこね始めた。指揮者ダンツィはパテを練っていた手を止め、エプロンを外し、ミラノ行きの列車は何時にあるかと尋ねた。
 1本5000リラのワインを、丸々注ぎ込んだばかりのベルジェーレが「待ってる価値はありますよ」と言った。
 私達はテーブルに着いた。こんなにがらんとした食堂で食べたことはなかった。クレーン、テレビカメラ、スポットライト、まるで超モダンな彫刻、少々広すぎるレストランの未来的装飾のようだ。
 ディレクターのコルニャーティは、彼の貯蔵庫からネッビオーロ(※赤ワイン)を1本下げてきていた。それはヴェロネッリ(※最も有名なワイン研究家)をも有頂天にしかねないしろものだった。
 私のサーモン・スパゲティは、みんながフォークを口に運んだとたん大喝采を受ける。それに比べてリゾットは、少しアルデンテ過ぎるような気がした。しかしコルニャーティの言うことには、トリノ人はこのくらい堅いのを好むそうだ(彼はそのテーブルで唯一のトリノ人だった)。
 ソースを添えた去勢鶏は最高。鰻もうまかった。ミーノ・レイナート(※むせび泣くような歌い方で有名な歌手)がスタジオに入ってきた。オテロの衣裳を着ており、片手を高く上げて、まるで歌い終わった時のように挨拶した。そしてテーブルに着き、食べながら泣き始めた。
 「じゃあ彼は普段でも泣くのか」私が言う。
 「いや、泣いてるんじゃありません」誰かが私に説明した「彼はああやって笑うんです」。
 「しかし中止になった番組に、いったいいくらかかってるの?」私は聞いてみた。
 「だいたい七百から一千万リラ。」局の重役風の男が物知り顔で答えた。
 「じゃあ局はそれだけの金を10人の昼食のために使ったことになる!!」。
 「本当だ。」。
 みんな黙り込んだ。
 「まあいいか。ちょっとそこの三十万リラの鰻取ってよ。はぁ!」。
 終わり。


コニャック風味のリゾット

材料
米 500グラム
生クリーム コップ1杯
生ハム 50グラム
白ワイン コップ半分
バター 100グラム
玉葱 1個
ブイヨン 2,5リットル
コニャック コップ1杯

 バターで玉葱を炒める。えっ、ゆっくりとかって?とーぜん!
 小さく切った生ハムを加えて少し炒め、白ワインを注ぎ、蒸発するにまかせる。次に米を加えて良く混ぜ、ブイヨン(肉で引いたブイヨンがあればベスト。ない時は固形ブイヨン)を加えていく。15〜20分間、ゆっくりと混ぜながら時々ブイヨンを加え、常にゆるい状態を保つ。
 米がほとんど煮えてアルデンテになったら、生クリームを加える。火から外して良く混ぜる。その間に、小さなフライパンにコニャックを入れて火にかけ、点火し、リゾットに注ぐ。Fondadorのコニャックをお勧めする。非常に香りが良く、価格も良心的。 リゾットに火が移ったら照明を消そう(こうして電気代は節約できるし、料理の効果も高まる)。
 義務的なお知らせ。私の経験では、コニャックに火が点かないことがしょっちゅうある。レストランでは立派な炎を上げるが、そこにはからくりがある。コニャックに100%アルコールを混ぜている。言うことは1つ。あなたもそれを試してみよう。



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