第12章 1964年、アメリカ風カルボナーラ

 いつの日か、たぶん20年後くらいに、役者として自らの成功具合を振り返りながら、きっと後悔することだろう。あの時アメリカで1番、いや世界で1番偉大なコックになるチャンスを捨てたことを。
 長い物語ではないが、あなたを楽しませるスポーツ的要素をたっぷりと含んでいる。どっちにしろ、これを書くことで私自身は憂さばらしができるに違いない。
 場所はニューヨーク。ヒルトン・ホテルの48階にあるスウィートで、映画『ウエディング・マーチ』の記者発表が行われた。350人が集まったパーティーで事件の種を仕掛けたのはイタリア人のプロデューサーだった。みんなのために料理してはどうかと、彼は私に勧めた。映画のメイン俳優は、パーティーのメインディッシュを作ることになりそうだ。
 彼の案はアメリカ人に大受けし、私の気を遠くした。なにもパスタ料理を作るのが嫌いなわけじゃない。朝から晩まで料理を作ってばかりいてもいいくらいだ。しかし350人分を調理したことは、それまでになかった。
 私は開戦をひかえた将軍のように綿密な調査を始めた。まずはスウィート。5つの部屋から構成されており、それぞれが違ったスタイルでしつらえてある。当然私はインテリアなどには目もくれず、やっきになってキッチンを探した。それは1番奥にあり、思ったほど小さくもなかった。コンピューターに見える冷蔵庫と6つ口のコンロが置かれていた。
 私は6つの火口を眺め、鍋を調べ、マティーニのグラスをすする群衆に目を移した。無駄と知りながらも素早く計算してみる。30人ずつ交代でパスタを食べるとしたら、翌朝の10時までかかるだろう。これは殺人的だ。
 ホテルの厨房について尋ねると、エレベーターでそこまで連れて行ってくれた。地階へ直行するエレベーターの中でタイムを計る私の姿を、みんな不思議そうに見ていた。48階から地階まで56秒ジャスト。
 ニューヨーク・ヒルトンの料理は、そのホテルチェーンと同じくらい有名である。厨房に着くと、私はすぐに鍋を見た。それはプールであった。鍋に水を満たし、塩を放り込んで高速エレベーターに戻る。上りには1秒余計にかかった。
 私は招待客を吟味するために、彼らのところへ戻った。ほとんど全員がアメリカ人。ばかばかしいほどアメリカ人。どんなパスタ料理を作るか、決めなくてはならない。ヤンキーの味覚を1番喜ばすパスタを選ぶために、様々なパスタ料理を素早く思いめぐらせた。まず、トマトとバジリコのスパゲティを除外する。なぜなら彼らはピザでその味に慣れている。ミートソースを作る時間はない。それに彼らにとって新鮮な料理でもないだろう。アメリカ製トマト缶に対する正当な疑いから、アマトリーチェ風も外した。結果として、カルボナーラにたどり着いた。
 きっとカルボナーラは彼らを失望させない。なぜならこの料理に私達が使う味付けは、アメリカ人の好みに最も近いから。それは炒めたベーコンとスクランブル・エッグからなる。これ以上純粋なアメリカ料理がどこにあるのか。当然それだけで味付けしようと思ってるわけじゃない。アメリカ人が何にでも入れたがる生クリーム。最後に、やっとアメリカでも血液検査の書込用紙に記入欄ができたアルコールを少し。
 結局はパスタだって小麦粉から作る食品だ。アメリカ人が食べるトーストと同じではないか?私達イタリア人は、パスタを不思議な魔法の物質だと思っている。多くのイタリア的欠陥を慰めるために、神様が送り届けた奇跡の食物だと。これを読んだからといって、私のところへ「パスタは中国人が発明したんだ」などと言いに来ないでほしい。確かに最初のスパゲティは中国から伝わったのかもしれない。しかし彼らはいまだにそこで止っている。茹でた白い麺しか作らない。それに比べて私達イタリア人は、生まれ持った悪知恵と策略とナポリ人的想像力のおかげで、打ち上げ花火のごとくに乾燥パスタを発明し続けた。オレッキーノからフジッリ、ペンネからファルファッレに至るまで、ルマコーニ、ジーティ、メッツォ・ジーティ、ジトーニ、ブカティーニ、リガーティ、リガトーニ、カンノリッキ・・・粉を練りながら。
 しかしニューヨークへ話を戻そう。とにかく私は、典型的なイタリア料理でありながら、アメリカ人のために発明されたかに思える1皿を準備した。微笑む私を見た時、プロデューサーは問題が解決したことを知る。
 ここより、ストップウォッチと組んだ私の闘いが始まる。まさにストップウォッチが主役となった。なぜなら連続する作業の中で大事なポイントはただ1つ、伸びたパスタを出さないこと。厨房から48階までパスタを運び、味付けし、しかもアルデンテでサービスすることだ。私がエレベーターに費やす時間を、注意深く計った理由もここにある。しかしそこには、地階に着いたエレベーターから、地下4階の厨房へ向かうものに乗り換えるための、10秒間は含まれてなかった。
 そうしている内にも、コック軍団は4キロのベーコンを小さなさいころに切り、250個の全卵と100の黄身を混ぜ合わせ、いらいらしながら待っていた。後は卵と炒めたベーコンを合わせ、30キロのスパゲティと混ぜ、おろした5キロのパルメザンチーズと生クリーム2キロ、コップ10杯のコニャックを加えることになっていた。
 私はそれまでの経験から、その夜のスパゲティは11分丁度で茹で上がることを知っていた。5キロずつ分けられた30キロのスパゲティが、こぼれんばかりに沸騰する6つの鍋に、私の合図で投げ込まれたのは、今でも良く覚えているが21時31分丁度だった。

 21時40分、興奮が頂点に達する中、命令を下す「パスタを上げろ!!」。
 30キロのスパゲティはざるに上げられ、その時かかってきた電話は炒めたベーコン、卵、生クリーム、パルメザンチーズ、コニャックが無事48階に到着したことを告げていた。

 21時40分12秒、厨房を出発、地階に向かうエレベーターに乗る。

 21時40分31秒、48階へ向かうエレベーターに乗り込む。いつまでたっても着かないように思えた。

 21時41分25秒、スウィートに到着。コンロの付いた6つのワゴンが私達を出迎え、その上では湯煎にかけられた巨大なステンレスのうつわが湯気を上げていた。10秒の内にスパゲティは6つのうつわに分けられ、興奮したコックの軍団は味付けするのに20秒を費やした。

 21時42分丁度、「飛び付け!!」私の号令がスウィートに響き渡る。飢えた350人がスパゲティに襲いかかり、私はルイ17世風の、あまり座り心地が良くないソファーにへたり込んだ。
 パスタ料理のオリンピックはここに終了する。恐らく世界記録を出せただろう。成功に終わったかって?この工業生産的なカルボナーラについて、どんな予測が私にできたと言うのか?
 誰かが食べながら「テリフィック」と言うのが聞こえた。英語を良く知らない私だが、『テリフィック』が『恐ろしい』を意味することくらいは知っていた。フライパンで炒められている1かけらのベーコンになったような気がした。冷汗をかいていた。『テリフィック』が『ファンタスティック』の代わりに使われるとは、私に知るよしもなかった。少したつと「Fantastic!」、「Fabulous!」、「Marvellous!」、「Wonderful!」、「Divine!」、「Shocking!」なども聞かれるようになった。
 部屋中にもごもご食べる音が響き、30キロのパスタは10分で消えていった。
 その時、私を発見したプロデューサーがビロードの絨毯を渡り、真っ直ぐに近づいて来た。そして大声で言った「彼がこの料理を作りました!!」。その言葉が終わらない内に、すでに数人が私の肩をたたいていた。叫び声と笑いの中で、みんなが私に抱きつき始めた。私はベーコンの脂で濡れた100の唇からキスを受け、その後の10分間は喝采が続いた。そこでかのプロデューサーは状況を静めようとした。「しかし彼はプロのコックではないんです!」汗だくで説明する「彼は役者、映画の主人公なんです!」。 「本当か?」人々は冷静に尋ね、一瞬その場が静まり返った。しかしそんなことは彼らにとってどうでもよかった。カルボナーラに捧げられた『テリフィック!』が再び飛び交い、誰かが名前を発音する努力を始めた「ケ・ル・ボ・ネ・ラ」。しばらくすると部屋全体が「ケルボネーラ」と叫んでいた。
 私の『ケルボネーラ』は1週間の内に伝説となった。オクラホマ、ダラス、ニューオーリンズと続いた旅は、映画の宣伝というよりも、アメリカで最も裕福な人達の家で、話題の料理を作るために行ったようなものだ。
 旅の一夜、巨大なスーパーマーケット・チェーンの女性オーナーが住む屋敷で、その日も叉成功の1皿を料理した。一口食べたとたんに彼女は言った「ミスター・トニャッツィ、アメリカにいらっしゃいよ。あなたはアメリカで幸運をつかめるわ。とても有名になるわ!」。そして私は答えた「もちろん喜んで。本当にそうできれば・・・。」。すでに私はハリウッドでシャーリー・マクレーンと共演する自分を見ていた。「じゃあ来るのね。あなたのために素敵なレストラン・チェーンを開くわ。儲かるわよ。あなたは世界で1番偉大なコックとして有名になるわ!」。
 映画とは、なんと難しいものか。そしてカルボナーラはなんて簡単なんだろう!!


マイ ケルボネーラ(私のカルボナーラ)

材料(6人分)
スパゲティ 500グラム
生クリーム コップ1杯
全卵 3個
卵黄 3個
ベーコン 150グラム
脂身も混ざった生ハム 100グラム
バター 50グラム
パルメザンチーズ 100グラム
ペコリーノチーズ 30グラム
赤とうがらし
コニャック(叉はブランデー)

卵をボールに入れてよくたたき、チーズ、生クリーム、塩、胡椒を加えて混ぜる。
ベーコンを炒め、少したったら生ハムも加える。両方とも小さなさいころ。
スパゲティをアルデンテに茹で上げ、バターで和え、卵の混ぜ物を加えて最後に炒めたものを加える。そしてコニャックを1振り。
もし出来上がりがベシャベシャだったら、フライパンに入れ、10秒間火にかける。



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